真実の瞬間 SASのサービス戦略はなぜ成功したか/ヤン・カールソン

SASグループCEO、ヤン・カールソンの一冊。

真実の瞬間とは、現場で従業員がお客様と接するわずかな時間のことを指す。顧客にとっての企業の印象・評価は、立派な本社ビルや高性能な航空機で決まるのではなく、顧客に接する最前線の従業員のサービスの質で決まる。

当時年間1000万人の旅客が、それぞれほぼ5人のスカンジナビア航空の従業員に接し、その1回の応接時間の平均が15秒であった。従って、1回 15秒で 1年間に5000万回、顧客の脳裏にスカンジナビア航空の印象が刻みつけられたことになる。その5000万回の“真実の瞬間”が、結局スカンジナビア航空の成功を左右するのである。その瞬間こそ私たちが顧客に、スカンジナビア航空が最良の選択だったと納得させなければならないときなのだ
「真実の瞬間」 P5

 


この本を読んでSASが素晴らしいなと思ったのは、以下の3点。

  1. 戦略の一貫性:ビジネス顧客をターゲットとし、ビジネス顧客の満足度を最大限に向上させるという経営目標と、各種施策がきちんと整合している。ビジネス顧客にとっての利便性を追求するためなら、購入したばかりのエアバスをリースに回して、適正サイズのDC10を採用するし、ビジネス顧客が求める定時運航を実現するために、乗り継ぎ便に遅れた乗客にはあきらめてもらい、他の便を待たせないようにする。(サウスウエストも同様の戦略を採用している)
  2. メッセージを繰り返し伝える:カールソン就任一年目に、時間の半分を従業員とのコミュニケーションに充てること。コミュニケーションが、分権化された顧客主導型企業のリーダーには必要不可欠であることをカールソンは理解していた。役員専用食堂の廃止など、些細だがシンボリックな行動を起こすことで、周囲に模範を示し、トップが本気であるとのメッセージを従業員に与えることに成功している。
  3. 従業員満足を高める評価・報酬:顧客重視の戦略にあった評価基準を設ける。たとえば、従来の貨物部門の目標は貨物輸送量であったが、顧客サービスの観点から、評価基準を貨物輸送遅延率に変える、など。また、報酬面では、明確な責務に対して十分な信頼と関心を持っていることを示すことで、金銭面だけでなく精神面での満足度の高い報酬を与えることができている。

SASを輸送サービスを提供する企業として定義すると、カールソンが実行した戦略は、サービスプロフィットチェーンをうまく回すことができていることが分かる。明確なビジョンを与え、従業員満足度を高めることで、高い顧客満足度を実現することができており、それによって得られた利益の向上が、さらに従業員のやる気を高め、SPCをさらに回すことができている。

一方、残念だと思うのは、本書の第12章(第二の波)でもカールソンが述べている通り、長期的な目標がなかったため、短期目標を達成した後に組織の勢いが停滞してしまったことである。全社員を結束させるビジョンと目標を、常に磨き続けることがトップとしての大きな役割であることを改めて感じさせられてしまった。

最後に印象に残ったフレーズを一つ。

じつを言うと私は、性格が大いに異なる三社のそれぞれの問題を解決するのに、同じ手法は用いなかった。むしろ、それぞれの会社を独自の市場のニーズに応えるように方向転換させたからこそ成功したのだ。その方向転換を達成するには、私自身の命令よりも、顧客とじかに接する最前線の従業員の意見を重視しなければならないということを学んだ。つまり、単なる経営者でなく、リーダーになる方法を知ったときに、私はそれぞれの会社の市場本位の、新しい可能性を切り開き、従業員の創造的活力を活かすことができたのだ。
「真実の瞬間」 P29

「単なる経営者ではなく、リーダーになる」・・・私も単なる管理者ではなく、良きリーダーとなりたい、と改めて強く思った。